私たち人間が自然界の普通の一員から特別の一員になり、つまり、自然との平和な共存ではなく自然の征服を試みたことが今日のエコロジー的危機をまねいているのではないでしょうか。自然を征服しようという思想と行為は、人による人の支配や差別や社会的抑圧や搾取と密接に関係しています。また、人の自然を征服しようという考えは、人以外の動物たちにとって、極めて悲惨な状態を日々拡大して生みだしています。
家畜、ペット、実験動物として利用できない野性動物は、あるいは容赦なくすみかを奪われ、駆逐され、あるいはスポーツハンテングや見世物としてもてあそばれ、あるいは皆殺しにされています。
人間の食糧とみなされてきた鶏、牛、豚、羊などの多くは、身動きできない檻に監禁されたり、牧草のかわりに穀物を中心とする濃厚飼料と抗生物質などで飼育され、あるいは卵や乳を生産するだけのアニマルマシーンとされています。
実験動物の一生は実に凄惨なものです。世界で毎年2億匹もの動物たちは、故意に細菌や毒や傷害やストレスを加えられ、所定のデータをとったあと、無惨に殺害されています。
これら実験動物や工場家畜たちの悲惨さに比べれば、動物園の動物たちは幸せそうにみえますが、自然の生息地から引き離し、長距離を輸送し、異質の環境の中で監禁して生涯を過ごさすことを見過ごしことはできません。
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犬や猫のように、人間の身近にいる動物は、心豊かな人々のよき友として終生を送るケースは多くなく、飼い主の身勝手によって捨てられたり、商いのタネにされたり、売れ残った場合などゴミのように殺処分されたり、動物実験用に売られたり、と決して見過すことのできない生涯を送っています。動物たちが自然の生活をする権利(生存権)の擁護、あるいは、動物たちが虐待されない権利の尊重として私たちは「アニマルライツ」という言葉を理解しています。
このような今日の動物たちがおかれている悲惨な生存のあり方は、私たちの自然への端的な表現に他なりません。そして、動物に起きていることは、すべて人間に起きているのです。確かに今、人間の家畜化、生体実験、人間の売買・見世物化、そしてペット化が公然と、あるいは、隠然と行われています。
従って、アニマルライツ運動は、他方で、私たちの食や衣や医のあり方に多くの変革を求めてきます。
動物の殺害を前提に成立する肉食や毛皮ファッションなどの縮小や廃止、動物実験を必要としない生活の確立、動物たちを「資源」ではなく「いのち」として尊重し、おだやかに共存する社会の実現こそ問われているのです。
動物のため、環境のため、ひいては人間のために、一歩を踏み出す勇気を・・・。
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